PETER EHWALD / Tauchen (CD)
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PETER EHWALD / Tauchen (CD)

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ジャズサクソフォーンの演奏者、作曲家、そしてバンドの演奏者として活動しているペーター・エバルト(Peter Ehwald)は自由なミュージシャンである。彼は常に観客とのつながりを探し、ただ演奏することを超え、彼自身が音楽そのものになろうとしている。様々な音楽関連の専攻をし、学生を教え、数回の音楽賞を受賞し、コンサートツアーを行いながらピーター·エバルトはますます独創的な演奏家に成長してきた。特に、彼は自分の即興性を現す方法を探し続けて、音楽のコンセプトに彼の意図がよく現れている。何よりも、ペーター・エバルトは天賦の即興演奏家だと言える。「演奏する時、ジョー・ロヴァーノ(Joe Lovano)の音楽から影響を受けたと知らせるよりは、私が発見した感覚を分かち合いたいと思います」 、「私は面白い音を創作するミュージシャンたちと一緒に演奏することに心を向けています」。インタビューでペーター・エバルトが話したことだ。このような音楽的な出会いは自らが開かれてこそ可能だ。彼が音楽的な出会いを試みる場所の一つがベルリンである。 ソウルで生まれた打楽器の演奏者・パフォーマーのキム・ボソンとシン·ヒョジンはベルリンで成長した。一人は韓国の伝統音楽を、もう一人は西洋のクラシックを専攻した。二人は異なる背景で音楽的な理解を広げ、一つの独自的な音楽形態を備えた。2010年12月、2011年1月に参加した国際交流の融・複合レジデンスが彼らにとって重要な導火線となった。 当時のプロジェクトで結成された「アンサンブル ~Su」と、即興演奏を愛する作曲家ペーター·エバルトはアイデアを出した。境界を越えたサウンド、その自体を演奏することだ。どのような結末か誰も分からない冒険を始めようとすることであった。彼らはいろいろな源泉となる音楽から、リズムパターンで派生するメロディーの部分を抜粋した。 韓国の伝統音楽は演奏者と聴衆がひとつになり、ともに経験する音楽だ。そのため、音の長さや拍子が主観的に変化することが一般的だ。この点が彼らの共同作業の基本となった。ペーター·エバルトは、一般的な期待のようにメロディーを出す自分の楽器と、不慣れで魅力的な韓国伝統打楽器の音を媒介に、和合の音を出すやり方で演奏せず、遊ぶように演奏する新しい作曲を見せた。このような楽器の構成で、最も異なる音楽の流れを感じさせるのは、完全に独創的だと言える。 「きみはきみであって当然、ぼくはぼくだ。ぼくらは自分自身でない者とは同盟しない」。フォルカー・ブラウン(Volker Braun)の詩「ジャズ」の一節だ。この一節で3人の音楽の根幹を理解できる。 実際、彼らの音楽は連帯を基本としている。これは一緒に新しい方法を発見することを意味する。民俗音楽を収集して演奏するステファンミクス(Stephan Micus)の協業方式や、チャーリーマリアーノ(Charlie Mariano)とカルナタカ・カレッジ・オブ・パーカッション(Karnataka College Of Percussion)所属のアンサンブルとの協業方式は、彼らと比較できない。ジャズ界でしばしば議論されるドラム·サクソフォーンの演奏方式とも比較する必要がない。ただ先入観を捨てた耳と目だけが役に立つ。特に、彼らの芸術性を理解するためには、ライブ公演でこのミュージシャンたちが伝える感覚を感じるのがもっと役に立つだろう。文化を超えたこのミュージシャンたちの音楽的な出会いが与える驚きと魅力は、彼らの「憚ることのない当然さ」にあるといえる。彼らは教えたり、扇動しようとはしない。あるメッセージを伝えようともしない。とても違う出身、背景、社会的な成長過程を経た3人のアーティストは、むしろ勇敢で、比較せずに、互いに理解し合って近づきたがる。もし世の中が小さくなれば、共存共生していたものは互いにもっと混ざってしまうだろう。このような過程をただ通り過ぎるように見せてくれるのが、ペーター·エバルトとアンサンブル~suの優れたところだ。 多様なジャズの演奏技法は常に新たに、そして先入観なく近づこうとするのが本能だ。だからこそ、このミュージシャンたちはもっと特別だ。彼らは定型化して教えようとする態度から離れて、新しい裏面を開けるようにするからだ。また、すべての先入観を忘れさせてくれるからで、何よりも彼らの音楽を聞くのが面白いからだ。 ウルリッヒ・シュタインメッツガー(Ulrich Steinmetzger) http://ensemblesu.bandcamp.com/album/tauchen