本作の主役であるヴェルテルについて知られていることは多くない。ジョビンやチン・マイア、ジョルジ・ベンといったアーティストが育ったリオのチジュッカ地区で生まれ育ったということ以外は謎に包まれている。1958年にボサノヴァが誕生し、のちに世界を席巻。ボサノヴァの息吹をダイレクトに感じながら成長したヴェルテルも本作『ヴェルテル』でそういったボサノヴァからの影響をシンプルかつ深遠なアレンジで披露することになる。
本作のレコーディングに参加した面々の多くはアマチュアの音楽家であったという。アマチュアイズムゆえに生まれたボサノヴァを象徴するような話ではあるが、そこに音楽的なクオリティを保証したのは一部の卓越した人物たちであった。プロデューサーのピーター・キラーはあの「ELENCO」レーベルで働き「FORMA」レーベルでは創設者ホベルト・クアルチンのパートナーを務めていた人物だ。また本作が録音されたスタジオのオーナー、ビル・ホーンは、リオのジャズ・シーンで非常に愛された人物で、ボサノヴァを生んだことで知られるナラ・レオンのマンションで行われていた音楽家達の集まりに定期的に参加していた人物である。また演奏者としてもナナ・ヴァスコンセロスやエヂソン・マシャードといった世界的にも名前を知られる音楽家がゲスト参加していることからも、ウェルテルとその仲間たちが彼らと非常に近しい仲であったことがうかがえる。
そんな背景を踏まえつつも、何よりも素晴らしいのはその内容であろう。自身のオリジナルを中心にアルトゥール・ヴェロカイやカエターノ、トニーニョ・オルタといった面々の名曲をレパートリーにチョイス。エヂソン・マシャードのドラムとヴェルテル自身のギター、ヴォーカルを中心に女声コーラスを交えた、シンプルにして深遠なアレンジは、カエターノ・ヴェローゾとガル・コスタが残した不朽の名盤『ドミンゴ』を思わせる、光と影が交錯する最高級のボサノヴァ。と同時に、アルトゥール・ヴェロカイやイヴァン・リンスといった面々が残したサイケデリックなMPB名盤への序章を感じさせるものでもある。
オリジナル盤はとても貴重で、状態にもよるが出品されれば 3000 USDをくだらない額で取引される超貴重盤。また「STYLO」レーベルの権利関係の不透明さゆえ、これまで一度も復刻がされてこなかった一枚でもある。このたびめでたくオフィシャル・リイシューとなり、多くの人がこの素晴らしい作品に触れることができるというのは、まさに快挙と言えるだろう。
https://youtu.be/Iqwbp8aaJ9E
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